【パティシエ修行日記 Vol.4】言葉も通じないドイツへ!そして出会った「伝説のシュトーレン」。

【2025年のシェフより】

こんにちは、伊與田です。大阪での修行を経て、20代前半。私はついに日本を飛び出しました。行き先はドイツ・ミュンヘン。この地での経験がなければ、今の「ソルシエのシュトーレン」は生まれていません。言葉もわからない若造が、どうやって現地の職人に受け入れられ、門外不出のレシピに出会ったのか。私の菓子作りの原点とも言えるエピソードです。


恐怖の夜間飛行と、宇宙ステーション?

大阪での勤務先がドイツの「リシャルツ・バックハウス(Rischart)」と業務提携していた縁で、派遣が決まりました。初めての海外! 気分はルンルン♪ でしたが、現実は甘くありません。英語もドイツ語もさっぱり。唯一の武器は「トラベル会話集」一冊のみ。予算の都合で大韓航空の南回り便。長い長い夜間飛行中、窓の外に光り輝く「宇宙ステーション」のようなものが見えて大興奮しましたが、正体はただの経由地・ジェッダの空港でした(笑)。28時間のフライトを経て、スイス・チューリッヒ経由でなんとかドイツ・ミュンヘンへ。列車の中でドイツ人に話しかけられても、笑顔で日本語を話し続け、周囲を凍り付かせたのもいい思い出です。

「アロイス」との出会い

ミュンヘン中央駅から地下鉄に乗り、目的地の「マリエンプラッツ(マリエン広場)」へ。地上に出ると、目の前には壮大な市庁舎と、有名なからくり時計を見上げる人だかり。「ここがドイツか……」と呆然としていると、一人の男性がニヤニヤしながら近づいてきます。「コッチに来るな……」と念じましたが、彼は私のスーツケースをひょいと持ち上げ、車に乗れとジェスチャー。彼こそが、後に私の親友となり、日本でも一緒に仕事をすることになるアロイス・ブリールベックでした。連れて行かれたのは、リシャルツ・バックハウスの本社工場。社長のゲルハルト・ミューラー氏に挨拶(もちろん「グーテン・ターク」一本押し)し、翌日から朝5時出勤のドイツ修行が始まりました。

伝説の夜、シュトーレンとの出会い

最初は洋菓子(Konditorei)部門で生菓子やショコラを担当していましたが、その後メイン工場へ移り、焼き菓子やパン(Bäckerei)の製造にも携わりました。そこで出会ったのが、「シュトーレン」です。当時の私は「シュトーレンって何?」状態。クリスマスに向けて少しずつ食べる伝統菓子だと教わり、1日に数百本もの製造を手伝いました。当時のドイツではシュトーレンは神聖なもので、スパイスの配合はお店のトップシークレット。レシピは決して教えてもらえません。しかし、ある日の夕暮れ。工場に忘れ物を取りに戻った私は、見てはいけない光景を目撃してしまいました。誰もいないはずの工場で、オーナーのミューラー氏と先代のお父様が、神妙な面持ちでミキサーを回しているのです。「マズい……」と思い、静かに退出しようとしたその時。「Bitte! Kommen(こっちへおいで)」叱られると覚悟した私にかけられたのは、優しい招待の言葉でした。「Kommen Sie her und sehen(こっちへ来て見るか?)」目の前で行われていたのは、代々リシャルツ家に伝わる秘伝のスパイス調合。本来なら門外不出のその瞬間を、彼らは東洋から来た若造に惜しげもなく見せてくれたのです。あまりの衝撃と緊張でメモを取るのも忘れ、ただ「フムフム」と頷くことしかできませんでしたが、あのスパイシーで芳醇な香りは、今でも脳裏に焼き付いています。

日本での苦闘、そして今

帰国後、私は意気込んでその「本場のシュトーレン」を作りました。しかし、当時の日本では全く売れませんでした。90年代中盤、日本では「柔らかいパンのようなシュトーレン」が流行り始めました。「もっと柔らかくしないと売れないよ」と言われましたが、私はどうしても譲れませんでした。「これはシュトーレンではない」あのミュンヘンの工場で、ミューラー親子が見せてくれた本物の誇り。それを曲げるわけにはいかない。「固いフルーツのパンだ」と言われても、諦めず、毎年少しずつ焼き続け、本物の味と食べ方を伝え続けました。そして今、時代が追いついてきました。「ドイツで食べたあの味がする」「やっと本物に出会えた」そんなお声をいただくたびに、あの日のミューラー氏の笑顔を思い出します。(続く)


【編集後記:2025年の現在地】

シュトーレンは私にとって、単なるお菓子ではなく「職人としての誓い」そのものです。次回は、ドイツからスイスへ!「飛び込み就職と、謎の忍者疑惑」編をお届けします。まだまだ珍道中は続きます。▼ 1985年のあの日から変わらない、信念の味ミューラー氏から受け継いだ魂のレシピ。ソルシエのシュトーレンは、こちらからお求めいただけます。[伝統のシュトーレンを見る(商品ページへのリンク)]

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